ベンゾインというアロマオイルを買った。いいにおいのアロマオイルがほしいなあとお店へ行き次々と嗅ぐもピンとこない、くっせーくっせーこれもくせー、という感じ。最後に端っこにある見慣れないアロマを手に取ると、なにこれ、とろける〜、やさしくされてるかんじ〜、頭がぽーっとする〜、コレダ。This is it.ということで、即買い。知らないアロマだったので、店員さんに質問、これってなんのアロマですか。すると本を出してきてくれた。
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効能:
心・・・大きな喪失感、孤独感、悲しみをいやす。
体・・・たんや喘息の症状の緩和、乾燥のひびわれなどに
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アラマ。アレマ。アロマ。つい最近、とても大事な人を手放してしまった。
たくさんたくさん考え、突発的じゃない、時間をかけて決心したと思っていたのに。まちがいをしてしまったかもしれないと、とても後悔している。
わたしはずっと、また結婚をすること、結婚に向かうことが自分の復活だと信じてた。復活したかったし復活すべきだと思っていたしそれが正しいことだと思っていた。つまり、結婚の肯定=再び結婚をすること。でもさ、どっちでもいいよね。
自分で自分をしあわせにできる覚悟があるなら。
自分が再び結婚をしなくても、結婚を肯定することはできるよね。
”子どものために”しっかりと養える人を選んで。という声は多いしとてもまともだと思う。周りの人にも安心してもらえるし社会的な信頼も大事。
でも、”子どものために”結婚をしない、という選択だってある。娘はもうすぐ8歳になる。これからどんどん大きくなるのに、知らないおっさんと同居しないといけないのってかわいそうだなあって思うのです。
自分だったら、って思ってもやっぱり無理。やめてほしいと思う。そろそろ生理もくるし胸だって出てくる、洗濯物の下着だって見られたくないだろうし寒い日の着替えだってリビングでできないじゃん。同居してる間はかならず朝起きたらすぐにブラつけないといけないじゃん。めんどくせ。
もちろん、とても仲が良くて信頼もあってほんとうのお父さんみたいな組み合わせもあるだろうけど。
娘がハタチになって、いつでも家を出ていけるようしてあげてから、いい人がいたら結婚したっていい。
何を、焦ってしまったんだろう。結婚という形に、あんなにこだわってしまったんだろう。結婚に至らないなら、お互いのためにと、お別れしてしまった。わたしがばかだった。失ってから初めてその存在の大きさに気づく、ってよく男のドラマになっているけど、ずっと今まで、ばかじゃないの、って思っていたけど、この年になってやってしまった。
必要で、とてもそばにいてほしくて大切にしたいと思っていた人なのに。
でも、次の段階にいきたい、って思ってしまったんだよね。
すきだから、次の段階にいきたいと思ってしまった。
でも、次の段階にいきたいと思った結果、手放すことになってしまった。
どこまでいっても相容れない。
これで正しいと思っていたのに。だから、ベンゾミン。バニラほど重くないほのかなバニラのようなにおい。